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「Alone」

◆◆

 「死が二人を別つまで、なんて言うけどさ、死ぬ前に発生する別れなんて世の中なんて言わなくても、人一人の人生の中でいくらでもあるよね」
 かんかんと熱をふくストーブに寄って暖を取りながら、僕は思ったことを素直に口にした。
 外を窓から覗くと、雪が降っている。静かに降り注ぐ白い結晶はゆっくりと重力に従っていて、それを見ているとなんだか時間がゆっくりと進んでいるような気がした。
 「そりゃあ、あると思うよ」
 端的に槿(むくげ)は頷いた。たぶん適当だろう。そんな気がした。プレハブ製の小屋は外気の遮断を殆ど防いでなんかくれない。彼女はもこもこしたあったかそうなコートとマフラーをしたまま、真っ赤なストーブに身を寄せている。かくいう僕もそうだ。厚手のジャケットを着たままだ。
 「当たり前のこと言うんだね」
 あぁ、一応ちゃんと聞いてたんだ。
 「そうかな?」
 「そうだよ」
 お互い顔も見ずにストーブをじっと見つめる。赤くて、朱い。真夏の太陽のように、その炉心は煌々と照っていた。
 「僕らもたぶん、そのうち別れるのかな」
 「かもしれないし、そうじゃないかもしれないよ」
 「そうかな?」
 「そうだよ」
 槿の返事は速い。何も考えてないで、脊髄反射か何かで言っているような気さえする。いつもそうだった。僕が何か尋ねると、いつもすぐに返事する。でも、僕は言葉を口にするのが遅いから、いつも彼女を待たせてしまう。
 だからいつも言い返す。「そうかな」って。それもすぐに言い返される。「そうだよ」って。
 「例えばさ」
 そして、いつもこうなる。僕が何かを言う前に、彼女が何かを言い始めるんだ。
 「わたしがここから出ていくじゃん? それって、別れたことにならない?」
 「そうかも……しれないね」
 すぐに面白い言葉を紡ぐことなんて出来ないから、適当に、お茶を濁すように肯定する。僕にはそれしか出来ない。
 それ以外に、為す術がない。
 僕たちの関係は、とても奇妙だ。こんな僕に、槿はいつも一緒にいてくれる。彼女みたいな即断即決を地で行く人には、僕のような何にでも『遅い』人間の動きの緩慢さに我慢出来ないものなんじゃないんだろうか。
 なのに、彼女はいつも一緒にいてくれる。本当にいつもだ。朝も昼も夜も、四六時中ずっとだ。
 「槿は、どこにも行かないの?」
 「行かないよ。葵生(あおい)がどこかに行かない限り」
 「そうなの?」
 「そうだよ」
 そこまで言って、僕はこう言った。
 「僕はどこにも行かないよ。槿がどこかに行かない限り」
 「それ、面白いね」
 くすくすと面白そうに笑いながら彼女は言った。
 「そうかな?」
 「そうだよ」
 だってさ、そう前置きして、彼女は口を開く。僕は次に言う彼女の言葉が何か予想出来た。自分にしては珍しく、本当に珍しく、いい回転の速さだった。
 そうだ。いいことを思い付いた。悪戯を企てる小学生みたいな気持ちで、僕は口の形を槿に合わせる。彼女もそれに気付いたようだ。愉快そうに僕を見ている。
 最初の言葉は「し」からだ。

 「死んでるんだもの」
 
 言葉が重なる。
 あぁ、その通りだ。
 死が二人を別つなんて、迷信だ。
 僕たちはいつも共にいる。