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夢は望むべくままに

 また、彼女が悪い夢を見た。誰かに追いかけられている。そんな夢らしい。いくら息を切らして走っても、その誰かは追ってくる。夢の中であるくせに、足は疲れてきて、遂にはもつれて転んでしまう。
 前のめりになる彼女、すぐに立ち上がろうとするも、誰かは既に追いついていて、肩を掴まれてしまう。
 いつも振り返る前に夢は終わる。彼女の体は、あれほど夢で走りとおしていたにも拘らず、汗一つかいていない。むしろ寒さで体は震える。
 得体が知れないから怖いのだと、彼女は言う。一度振り返る事ができてしまえば、きっと怖くはなくなるのだと。
 僕たちは二人暮らしをしていて、いつも部屋を隔てて別々に眠っているが、毎度毎度彼女は僕を起こしにくるのである。そして、いつもこの話をする。僕は包むように彼女を抱き締めてやる。今日も一緒に寝ると訊ねれば、彼女は頬を桃色に染めて、目を合わせようともせずに頷くのである。
 そうすると不思議な物で、彼女はもう、悪夢にはうなされない。そんなわけだから、いっその事初めから一緒に寝ればいいと提案した事もある。けれど、彼女は妙に大きな声で馬鹿じゃないのと悪口を言い、さっさと部屋に引き篭もってしまう。
 僕は仕方ないから、彼女がこちらに来るまで待たねばならない。起こされるのは、誰にやられても気分のいい応対ができる物ではない。それならいっその事と、僕はいつも寝た振りを決め込む事にしている。幸い彼女は寝付きがいい。一時間もしないうちに、例の悪夢を見て、ドアを躊躇いがちにゆっくりと開ける。
 そしていつもの通り、僕は瞼を重く開けるような素振りをして、彼女を自分の布団へと導いてやるのだ。
 冷え切った彼女の体は、いつもの強気な態度とは違い、細くか弱い。僕は自慢できるほど逞しくはない体で、とにかくしっかりと、彼女を包み込めるよう頑張るのだ。
 次はいい夢が見られるように。
 彼女はすぐに寝息を立てる。その表情は穏やかで、微笑みさえ浮かべている。僕はそれを見られるだけで、寝不足になる事の清算になっていると感じる。甘いなとは思うけれど、そう思うほど彼女は、いっつも気を張った表情をしている。
 僕は彼女を見ながら、込み上げてくる眠気に任せ、瞼を閉じていく。気持ちは安らか、コチコチと時計の針が鳴るのも安らか、とても心地良い心持ち。満たされて、僕は眠っていく。
 できれば彼女が、振り向かないようにと願いながら。