変遷と停滞

 火が消える瞬間を切り取り、脳裏に焼き付けた。踊り狂い、一部が穿たれ、無ができる。無は侵食し、全体となる。
 死の音が、低く響いた。後には黒く焦げた糸が天高く伸び、乳白色の蝋から一筋の滴が垂れ、途中で固まる様相を残す。
 先程点けた線香から、細い灰色の煙が、蛇の様に天高く昇っている。
 正面にある遺影が、くすんで見えた。
「わざわざ遠い所ありがとうねぇ」
 老婆が奥から出てくる。両手にスイカを切り分けた皿を持って、危なっかしそうに近づいてくる。傍にあるテーブルに置くと、皺くちゃの顔を更に皺だらけにする。
「こんな物しかないけれど、良かったら食べて」
「ありがとうございます」
 僕は正座にしていた足を崩して、テーブルの近くへと移動し、座り直した。既に置いてあったコップを取り、中に入ったウーロン茶を一口頂く。
「もう、若い子はシンチャンしか来てくれないのよ」
「そういう事は、言わないようにしましょうよ」
 僕は勤めて笑みを見せ、スイカを一つ手に取った。あまり好きではないが、一頑張りしよう。
「そうよね、みんな忙しいのよね。でも寂しくってねぇ」
 老婆は本当に悲しそうに、目を細めると、僕の近くに座って、スイカを手に取った。
 僕は一欠けら、スイカを食む。
「色々、変わってしまったんですよ。お婆ちゃん」
 口の中に、果物特有の甘ったるさが満たされていく。僕は吐き気を催す前に、飲み込んでしまう。
 祖母は大きく口を開け、一切れのスイカの半分を口に収めた。水気の多い果肉を砕く音が聞こえてくる。
「そうだね、そうだね」
 スイカと一緒に、事実を噛み締めるような呟き方だ。その重たい響きに、僕は次に続ける言葉を見失ってしまう。
 確かに、変わってしまったのだ。僕が、会話をするために発した言葉以上に、色々な物が目まぐるしく。
 僕がかつては祖母に敬語を使ってはいなかった事、僕の兄弟がお盆に祖父に線香を上げるためにこの家を訪ねなくなった事。
 そんな状況の変化を越えた何かが、僕たちの身には起きているのだ。
 祖母は一つ目のスイカを食べ終え、二つ目に取り掛かっている。僕はその所為を、微笑ましく見守る。
 僕は自分の考えを訂正する。変わったのは、あくまで僕たち兄弟であり、祖母は変わっていないのだ。
 両親を早くに亡くし、僕たち兄弟は祖父母に育てられた。経済的には非常に苦しかったろうと思う。
 更にはまだ幼い僕たち四人は、良く泣いて、手を焼かせたろう。特に僕は暗闇を嫌い、取り分け迷惑をかけた。今、僕だけがここに来るのも、その迷惑の意識が強いからと言ってよい。
 祖母は幼い頃の記憶から、変わっていない。もちろん皺は増えた。しかし性格や動作は、あの頃と常に重なる。
 このスイカも同様である。祖母は僕たちのためにスイカを切り分けておきながら、一番多く手を付けるのだ。そして、今のように何かを噛み締めるように食べる。
 何が変化したかを、僕は見分けられない。けれど、僕はこの変わらない祖母を見て、安心している。もしかすると、兄弟たちはこの変化の無さが苦痛なのかもしれない。
 兄弟たちは祖母に、僕とは違う物を見ているのだろう。それは例えば、失われた両親という事実かもしれないし、老い逝く自分の将来の展望かもしれない。
 色々な想像を巡らせても、僕には分かる事は無いだろう。きっと僕もまた、兄弟たちにとっては変わっていない人間として扱われるのだろうから。
 僕はスイカをもう一欠けら、口に含んだ。やっぱり、美味しいとは思えない。祖母はそんな僕には気付かずに、黙々とスイカを食べている。